☆今日のレビュー☆
『文明としての教育』 山崎正和 新潮新書
中央教育審議会の会長の著書。
表紙の帯の、
「現代人には、無知である自由、無知である権利はない」
という言葉に妙に惹かれました。
一見高圧的に聞こえるけど、読んでみると納得。
国民国家の成立と教育の関係や、文明と文化の趨勢を捉えながら現代の特徴を描き出して、教育というものの「社会統治」の側面に注目していきます。
教育を「社会統治のための教育」と「サービスのための教育」に分けて考える必要性を説き、本来ならば副次的なものに過ぎない「サービスとしての教育」が今は過剰に求められ、学校が肥大化していると分析します。
最終的には個人のものでしかない「自己実現」の前に、社会を維持、発展していくための成員の育成、共通のコミュニケーションの場の維持に焦点を当てなければという考え方には納得。
「義務教育」という言葉の意味について改めて考えてみようと思います。
教育に個人的な願いのみを乗せ、自分のため、自分の子どものことだけを考え、教師という権威を否定し、学校に対して過剰な期待、過剰な批判をするのみならば、いずれ社会の退廃という結果でもって、自分にそのツケが回ってくるのではないでしょうか。
近代国家が成立したのと同時に、そこには、法を守るというルールが、社会を平和に保つために設定された。それを忘れて、一方的に自分の感情だけでもってわがままを言うことは、社会でのルールとして認められない。
これから社会がどのような形態になっていくのかは分からないけれど、その社会を維持していくための約束事を教えるのを教育は担うということになっている。
その約束事の存在をないがしろにしている人が増えているのだとしたら、教育もないがしろにされ、社会は衰退していくのではないだろうか。
教育の目的として社会の維持ということを忘れないこと、その上で学校が出来ることを見極めて、それ以外は地域、家庭などに任せていくことで、学校の肥大化を食い止めること。遵法の意識を生徒に植え付けさせ、先生は「ノーブレス・オブリージュ」の精神をもつこと。
などなど、簡単に読めますが興味深い内容が詰まっていると思います。
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